「マーケティングの近視眼が会社を滅ぼす」
これはマーケティング論ではあまりにも有名なセオドア・レビットのフレーズです。50年以上前の金言ですが、成功体験のある企業はこの「マーケティングの近視眼」に陥りがちです。
これからデジタルトランスフォーメーション(DX)時代に突入することは確実。レビットのマーケティング論をひも解きながら、劇的に市場が変化していくなか、わたしたちは何を売るのか、どのような備えが必要なのか、考えてみましょう。
1.「マーケティングの近視眼」
1960年、マーケティング研究のレジェンドであるセオドア・レビット(1925-2006)は、「マーケティング近視眼(マーケティング・マイオピア)」という論文を発表しました。経営者が近視眼的に状況判断することを警告し、既存の市場でいくら製品やサービス、流通構造などに手を加えようとしても、顧客のアイデアから出発しなければ、競争する市場そのものが別の場所に移ってしまい、意味をなさないということです。
レビットは、鉄道業界や映画業界などの実例をあげ、成功した企業が衰退していった原因は、経営者が「マーケティングの近視眼」に陥ったからだといいます。
例えば、当時、米国の鉄道会社は、「車両を動かす」ことを使命と位置づけたため、人々の移動手段が、自動車や飛行機に移行する状況に対応することができず衰退していきます。経営者が近視眼的、つまり、限定的で短期的な戦略を選択してしまうと、外部環境の変化に適応できず市場から退場することになってしまいます。
2.サービスを売るのか、製品を売るのか
また、レビットは「無形性のマーケティング」(1981年発表)で、「マーケティングとは要するに顧客を獲得して、それを維持するための活動である。顧客を獲得するうえで決め手になるのが、無形性(intangibles)である」といっています。
企業は何を売るのか。サービスを売るのか、製品を売るのか。それらを問うても経営の役には立たず、市場に提供されるのは、無形財(intangibles goods)か有形財(tangibles goods)であるか、どちらの比率が高いのかという程度の問題であるとします。そのうえで、特に重要なのが「無形性」。無形性が購買の決め手なのです。
例えば、どんなに手塩にかけて研究開発した製品であっても、顧客が使い方を間違っていたり、製品そのものの用途を理解していなかったりすれば、その効用は台無し。顧客も不満がつのります。企業が市場に提供する製品そのものが有形であれ、無形であれ、付帯する「無形性」が製品を成功させたり、失敗させたりするのです。
レビットは、特に、「前もって使用できない製品の場合、見込み客はずばり『満足を与えます』という約束を買っている。有形で、テスト可能で、触ったり、匂いを嗅いだりできる製品であっても、購入前はすべてが約束にすぎない」といっています。そう、「約束」がポイントなのです。
3.DX時代突入だからこそ、「約束」を売る
無形財を中心とした商品は「サービス」と呼ばれています。サービスのマーケティングの場合は、取引の中心が「無形」であるため、購買判断を顧客にさせるためには、いかに有形化できるかを求められます。
例えば、ホテルを利用するにあたって、お客は料金を払います。それはホテルの一室そのものや、寝るためのベッドそのものを購入するのではなく、ホテルの一室を「利用する権利」を得るためにお金を払います。購買判断はどこでするのでしょうか?旅行代理店は、ホテルのパンフレットを渡しウェブサイトを見せ、顧客に「利用する」ことのメリットをできる限り可視化、有形化していき、あなたが支払った料金に対する効用はこんなものですよ、と「約束」します。
DX時代は、企業を取り巻く外部環境がデジタル化を中心として劇的に変化します。前回コラムにも書きましたが、デジタル化によって、企業がその実現の過程で提供しうる「新しい顧客体験」や「新たな価値提案」を通じて「効率的な組織」に変化し、競争優位性を確保することが、企業活動の命題となってくるのです。
レビットのいう「購買の決め手となる無形性」。DX時代には、無形性の内容は「顧客体験」「価値提案」「効率性」と名を変えますが、企業が顧客へこれらの「約束」をしっかりと提供することは変わりません。 レビットの提言――「無形性のマーケティング」は約40年前、「マーケティングの近視眼」は約60年前の論文です。しかし、第4次産業革命ともいわれているDX時代を迎えるにあたっても、レビットの言葉は悩める経営者たちに響くのではないでしょうか。
参考資料
T.レビット マーケティング論セオドア・レビット著、ダイヤモンド社、2007年