前回のコラムでは、このシリーズの初回として、事業をつくっていく際に遭遇する不確実性との付き合い方を取り上げました。
事業をつくっていく際には「顧客」と「環境」という不確実性が重要であること。そして、それらの不確実性に対処するためには「わからないというところから始める」というマインドセット(心構え)を持ち、わかるようにするための仮説検証を「何度も、高速で繰り返す」ことが大切だとお伝えしました。
そこまで理解すると次に浮かんでくるのは、具体的にどうすれば「わからない」状態を「わかる」状態に変えることができるのかという疑問ではないでしょうか。そこで、今回は、「わかる」状態になるために必要な頭の使い方について、「顧客をわかる」ことを例にして考えていきます。
1.手法やツールを学ぶ際の落とし穴
「わからない」状態を「わかる」状態にするために、世の中にはさまざまな手法やツールがあふれています。 そこで私たちは、「顧客をわかる」ようになるために、例えばカスタマージャーニーマップや共感マップなどのツールを学び、ウェブであれば関連するツールの機能や使い方を学んでいきます。
最近の手法やツールは、使いやすくするためのひな型やレポート機能が用意されているものが少なくありません。そのため、表面的に学んだだけでも、持っている仮説の検証につながりそうな、「わかっている」感じがするアウトプットをつくることができてしまいます。
しかし、そのようなアウトプットをつくり続けたとしても、手法やツールを使う際の頭の使い方が正しくなければ、いくらやっても「顧客をわかる」ことにはつながりません。
2.「わかる」状態になるための頭の使い方
手法やツールを正しく使い、「顧客をわかる」ようになるための頭の使い方とは、どのようなものでしょうか?それが今回紹介する「空・雨・傘」という枠組みです。
状況 | 意味 | 考え方の例 |
---|---|---|
ステップ1 空 |
【把握】 現在直面している状況の把握 |
空を見上げるとどんよりした曇り空である。 |
ステップ2 雨 |
【解釈】 その状況に対する自分の解釈 |
これはそのうち雨が降るかもしれない。 |
ステップ3 傘 |
【対応策】 解釈にもとづいた自分の対応策 |
雨に濡れないように傘を持って出かけよう。 |
この枠組みでは、ツールを使った顧客の調査や、ウェブなどのデータを解析する際にたどるべきステップを示しています。
最初の「空」のステップでは、潜在的な顧客に対してヒアリングをおこなったり、ウェブのアクセス状況を調べたりして事実を把握します。ここでは、前回紹介した「わからないから始める」というマインドセットを使い、思い込みや解釈を排除して、ありのままの事実を正確に把握することが大切です。
ウェブマネジメントの現場の例で考えてみましょう。アクセス解析レポートを確認したところ、定年後のライフプランの考え方を紹介しているコンテンツへのアクセスが急増していることがわかりました。このように、まずは事実を事実のまま確認するのが「空」のステップでおこなうことです。
次の「雨」のステップでは、正確に把握した事実を、自分なりに解釈をしていきます。ここでは、「空」で把握した事実の原因を考えたり、その事実がもたらす影響を考えたりします。しかし、そこで考えた原因なり影響は、あくまで自分の頭のなかで考えた仮説でしかありません。
ウェブマネジメントの現場の例でいえば、先ほどのアクセス解析レポートのチェックで確認した「定年後のライフプラン」コンテンツのアクセスが急に増えたのは、最近の年金支給に関するさまざまなニュースがきっかけになって、定年に向けた資産形成に関心を持つ人が増えたのではないか解釈します。そう考え、改めてここ数日の新聞やソーシャルメディアなどを確認しても、その解釈を後押しするような情報がたくさん見つかりました。自分の解釈に確信を持ちたくなりますが、この時点ではあくまで仮説なのだと考えるのが「雨」のステップでおこなうことです。
そこで、最後の「傘」のステップでは、対応策を検討します。この対応策は、「空」で事実を認識し、その事実にもとづいて「雨」で解釈した仮説を検証することが目的です。
引き続きウェブマネジメントの現場の例で見てみましょう。「空」では「定年後のライフプラン」コンテンツのアクセスが急増している事実を認識しました。次の「雨」では、その事実や最近の新聞での報道などをもとにして、定年に向けた資産形成に関心を持つ人が増え、その人たちが自社のウェブにアクセスしてきているという仮説を立てました。その仮説をもとにして、この機会に定年後のライフプランを持つことの意義を正しく知ってもらうためのコンテンツを追加してみようと考えることが「傘」のステップでおこなうことです。
3.「空・雨・傘」の枠組みから学ぶこと
この枠組みから私たちが学ぶ点は2つあります。
ひとつは、この3つのステップを順番どおりにすべておこなわなければいけないという点です。
私がコンサルティングをおこなっている現場でお客さまに分析を依頼すると、「顧客はこういうことをおこなっていました」や「アクセスがこれだけ増えました」というかたちで「空」だけに取り組んで「分析」としているものがたくさん出てきます。
あるいは「アクセスが増えたので(「空」)、次回もこのコンテンツを掲載する(「傘」)」というようなかたちで、解釈をおこなう「雨」のステップを抜かしている分析例もよく見かけます。
しかし、「雨」に相当する解釈のステップで検討する内容は、「空」で把握した事実を踏まえ、「傘」という対応策をおこなう根拠となるものです。そのため、「雨」のステップを飛ばしてしまうと、根拠のない思いつきのような対応策として受け取られてしまいやすくなります。
そのような誤解を避けるためにも
①事実を把握し、
②それを解釈して仮説をつくり、
③仮説を検証するための対応策を考える
という各ステップを順番におこなうことが重要です。
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1.「空」
事実の把握
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2.「雨」
事実の解釈
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3.「傘」
対応策の検討
この枠組みから私たちが学ぶもうひとつの点は、最後の「傘」のステップまで到達して終わりではなく、何度もこのステップを繰り返すという点です。
「雨」のステップでは仮説をつくり、「傘」のステップで対応策を検討します。しかし、そこで終わりにするのではなく、検討した対応策を実行します。そうして得られた結果を、再び「空」のステップから始めて、このサイクルを「何度も、高速で繰り返し」おこなっていくのです。
自分が知っていることを頭のなかだけで、あれこれといじくっているだけでは「顧客をわかる」ことにはつながりません。 単に手法やツールを表面的になぞるのではなく、使う際に必ず「空・雨・傘」の枠組みを意識し、このステップを何度も繰り返し実行することが、本当の意味で「顧客をわかる」ために必要なことなのです。