本コラムの執筆時点(2020年6月時点)では、新型コロナウイルスとそれにともなうさまざまな出来事が、連日メディアで取り上げられています。先が読めない状況で、これから一体どうなるのか不安に思っている人も多いでしょう。
このコラムでは「不確実な時代のマネジメント」をテーマとしてきました。私たちを取り巻く不確実な要因のなかでも、「不確実性とウェブマネジメント」で取り上げた「環境」の不確実性については、考えることが大事だと頭では理解しながらも、なかなかその必要性を実感できなかったのではないかと思います。
1.不確実な状況で意識する「ネガティブ・ケイパビリティ」とは
現在のように極端に不確実な状況に陥った際、現状やその影響を過小評価したり、過剰に反応したりする人や組織は少なくありません。過小評価してしまう人や組織は、「こんなの大したことがない。どうせすぐに収まって、また元に戻るだろう」と考えてしまいます。一方、過剰に反応してしまう人や組織は、何かをやらなければならないという焦燥感に駆られて、急にいままでに取り組んだことがないことをやり出してしまいます。
どちらの場合にも共通しているのが、現状とそれにともなう影響を正確に理解しないまま、起きている出来事(現在の場合で言えば新型コロナウイルスの感染拡大)に反応してしまっているという点です。
精神科医で小説家でもある帚木蓬生氏は「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力の重要性を同名の著書『ネガティブ・ケイパビリティ』で説いています。(出所:ネガティブ・ケイパビリティ朝日新聞出版、2017年)
「ネガティブ・ケイパビリティ」とは「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」と定義されています。
「能力」と言うと、通常、「何かを成す」ために必要なものを指しますが、「ネガティブ・ケイパビリティ」は、分からないことを安易に理解しないようにするという「何かをしない」ために必要なものなのです。
帚木氏は、ヒトの脳には「分かろう」とする性質があると指摘しています。そのため、社会的状況や自然現象、個人の身に起きたことなどに対して自分なりに意味づけをし、理解して、「分かった」つもりになろうとする傾向があることを指摘しています。しかし、そのような傾向は必ずしも良いものではないとして、次のように指摘しています。
ここには大きな落とし穴があります。「分かった」つもりの理解が、ごく低い次元にとどまってしまい、より高い次元にまで発展しないのです。まして理解が誤っていれば、悲劇はさらに深刻になります。
(中略)
私たちが、いつも念頭に置いて、必死で求めているのは、言うなればポジティブ・ケイパビリティです。しかしこの能力では、えてして表層の「問題」のみをとらえて、深層にある本当の問題は浮上せず、取り逃してしまいます。いえ、その問題の解決法や処理法がないような状況に立ち至ると、逃げ出すしかありません。それどころか、そうした状況には、はじめから近づかないでしょう。
ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書)朝日新聞出版、2017年、p.9~10
引用の最後にあるように、私たちが理解できないような不確実な状況に近づかずにすむのであれば、それはそれで良いのかもしれません。しかし、現在の新型コロナウイルスのように、誰もが逃れようのない不確実な出来事に直面した場合、そのような安易な対応策は通用しません。
2.現状とその影響を理解する「未来の輪(Futures Wheel)」
不確実な出来事に直面した状況でネガティブ・ケイパビリティが必要なのは確かですが、ネガティブ・ケイパビリティを発揮するといっても、特に組織においては、何の理解も判断もせず、じっといまの状況に耐え続けているわけにもいきません。では、ネガティブ・ケイパビリティを発揮しながらも、次の一手につなげるような現状とそれにともなう影響の理解をするためには何をすれば良いのでしょうか。
そのようなことを考えるために使われる手法に「未来の輪(Futures Wheel)」があります。これは1970年代に使われ始めた手法で、現在起きている出来事の将来的な影響を考えるために使われています。
実際の「未来の輪(Futures Wheel)」の使い方は非常にシンプルで、図のように中心に検討する出来事を置き、それがもたらす一次的・直接的な影響をその周辺に書きます。次に、一次的な影響によってもたらされる二次的な影響、二次的な影響によってもたらされる三次的な影響と、影響の連鎖を次々と思い浮かべていきます。
The Futures Wheel - Decision-Making Skills Training From MindTools.comを元に作成
影響を検討する際は、一般論ではなく、自社や自社の事業を念頭に置いて、それらに関連する影響を考えていきます。その上で、なるべく多くの種類の影響を考え、「もし、それが起きたら、次にどんな影響を受けるだろうか?」と自問しながら、外側に広げていきましょう。
3.「未来の輪(Futures Wheel)」を使う際の留意点
とてもシンプルな手法であるため自由に使うことができますが、次の2点を意識して使うことをお薦めします。
- 影響はポジティブとネガティブの両方の観点から考える
- 結果を元にチームで対話し、自分たちの「頭の使い方、ものの見方の癖」に気づく
まず、影響を考える際には、ポジティブ、あるいはネガティブのどちらかに偏って考えるのではなく、両面からの影響を考えるということです。今回の新型コロナウイルスのように一見ネガティブに思える出来事にもポジティブな影響もあるかもしれませんし、その逆もあり得ます。このようにあえて逆の影響を考えてみることは、ネガティブ・ケイパビリティのところでもお伝えした「分かったつもり」に陥らないために必要なことなのです。
次に、この「未来の輪(Futures Wheel)」の作成は、可能な限り、一緒に仕事をしているチームや組織全体で取り組んでください。その際、まずは個人でつくってみてそれをチームで共有しても良いかもしれませんし、最初からチームでつくるのも良いでしょう。どちらの場合でも、作成したものを見て対話をしながら、個人やチームの頭の使い方やものの見方に特徴的な癖がないかどうかに目を向けてみましょう。さらに、それぞれのメンバーの視点の違いにも目を向け、尊重することも大切です。
4.「未来の輪(Futures Wheel)」を使いこなして、変化を新たなチャンスに変える
私たちは現在、数ヶ月先でさえどのようなことが起きるか分からないという不確実なことの真っただ中にいます。例えば、日本国内だけを見ても、新型コロナウイルスの感染は拡大していくのか、あるいは収束していくのか、今後の政府の対応はどうなっていくのか、自社が取り引きしている企業はどうなっていくのかなど、不確実なこと、言い換えれば、この先どうなるのかをひとつには決めきれないことがたくさんあります。
「未来の輪(Futures Wheel)」に取り組んだ結果を眺めていると、中心に置いた出来事を漠然と考えていたときと比べて、より具体的にさまざまな影響を考えることができているはずです。そのなかには対処しなければならないネガティブな影響だけではなく、自社にとって新たなチャンスとなるポジティブな影響も見えているかもしれません。
一度、そのように俯瞰して現状とその影響を整理したら、あとはネガティブな影響を最小化し、ポジティブな影響をいかすための取り組みを考え、実行に移していきます。
その際、一度つくった「未来の輪(Futures Wheel)」の結果は、そのまま残しておくようにすると良いでしょう。そして、定期的にその結果や状況が変わったところを見直し、見直した結果を元に新たな取り組みをおこなっていくことを繰り返していけば、不確実な状況に飲み込まれることなく、むしろ変化を新たなチャンスに変える人や組織になっているはずです。