この連載(不確実な時代のマネジメント)のコラム『顧客を「わかる」ための頭の使い方』では、顧客を理解するための頭の使い方を取り上げました。「空・雨・傘」という枠組みで仮説検証をおこない、「自分たちの顧客はどのような人たちか」を考えるものでした。今回は「エンパシー(共感)」という視点から、顧客を理解する具体的な手法やツールについて紹介します。
1.「顧客を深く理解すること」が注目されるようになった背景
経済がいまのように成熟していない時代、顧客のニーズは「顧客が持っていないもの」とイコールでした。そして、そのニーズを満たすための商品をつくると、他社よりも自社がつくった商品を目立たせるために広告を出し、他社と比べていかに大きなシェアを取るかを争っていました。あえて強調して書いているとおり、これまでの時代では顧客ではなく、競合他社を見ることに重点が置かれていました。
しかし、時代は変わりました。一昔前の「顧客が持っていないもの」とイコールで結ばれる顧客ニーズは、すでに十分に満たされています(もちろん、細かく見ていけばそうではない状況も存在していることはたしかですが、ここでは話を単純化するために、この前提で進めます)。
そうなると、顧客のニーズも自ずと変化してきます。企業としても、いよいよ「出せば売れる」という考え方を改め、競合他社ではなく、顧客を見ることに重点を置かなければいけなくなりました。
そこで注目を集めているのが、先ほど紹介したような顧客を深く理解するための考え方やツールです。もちろんこのような考え方やツールを使えば、自動的に顧客を深く理解できるというわけではありません。しかし、これらのツールを使えば、顧客の立場に立って考えやすくなるのです。
2.顧客の立場になるための「エンパシー」という能力
顧客の立場に立って考えることを言い換えると、「顧客に対してエンパシーを持つ(顧客に共感する)こと」だと言えます。しかし、顧客を深く理解し、顧客の立場に立って共感することは簡単ではありません。
顧客が自分と似たような立場の人であれば、自分の状況と重ね合わせて共感することはできるかもしれません。しかし、まったく違う立場で、自分がその立場にはなり得ない場合は(例えば、一人っ子が、兄弟姉妹がたくさんいる人の立場になるなど)、自分の状況と重ね合わせることは難しいことです。
共感の意味で何度も使っている「エンパシー」という単語を英英辞典(Oxford Advanced Learner’s Dictionary第8版)でひいてみると次のように定義されています。
- empathy: the ability to understand another person’s feelings, experience, etc
(エンパシー:他人の感情や経験などを理解する能力)
この定義で重要なのは、エンパシー、つまり共感することは「能力(ability)」だということです。
共感すること、顧客の立場に立つことが能力なのであれば、他のさまざまな能力と同じように、私たち誰もが鍛えて伸ばすことができます。そうとなれば、「自分はその立場にはなり得ないから」と言い訳をするのではなく、この「能力」を日々鍛えていくことに目を向けることができます。
3.日々の生活で「エンパシー」を鍛えるために
「エンパシー」という能力を鍛えるために、「エンパシーマップ(共感マップ)」などのツールを活用することはたしかに有用です。
しかし、もっと日常的に取り組む方法があります。それは、日々の自分の感情に意識を向けることです。私たちは仕事上での「ウェブ担当者」や「広報担当者」である前に、ひとりの人間であり、日々さまざまな感情を抱いているはずです。
例えば、ひとりのユーザーとして他社のウェブサイトを閲覧しているとき。得たい情報にスムーズにたどり着くことができたときの「達成感」を感じることもあれば、入力する項目が多すぎるフォームを目の当たりにしたとき「うんざりする」という感情を抱くこともあるでしょう。
せっかくいろいろなことを感じているにもかかわらず、ひとたび「ウェブ担当者」「広報担当者」という立場に立つと、そのような感情はすっかり抜け落ちてしまいます。そして、数年前から使われている項目だらけのフォームを何も考えずに使い回すことや、「女性にはピンク」というような紋切り型のアイデアを出すことに、なんの疑問も感じなくなっていることがあります。
このような専門家の罠に陥ることなく、日々の生活で自分が感じているあらゆる感情に意識を向け、それを元にして「自社の顧客は、このウェブサイトを使うときに、どのように感じるだろうか?」と考えることが、日々の生活をとおした「エンパシー」という能力の鍛え方です。
「エンパシーマップ(共感マップ)」などのツールを使って顧客のことを描くのはあくまで一時的なアウトプットであり、まずは顧客の観察や顧客の立場になって考えてみるということが顧客理解の第一歩です。また共感マップを描いたあとも、再度顧客のことを観察したり顧客の立場になってみて自分たちが描いたことを検証し続けたりすることが、このようなツールを使った活動の成果につながります。
不確実な時代、仕事でも普段の生活でも、私たちはさまざまな不満や不安を感じて毎日を過ごしていきます。その不満や不安を、見なかったこととしてやり過ごすのではなく、ぜひ自分のなかに積み重ねていってください。
その積み重ねが顧客の立場になって考えるための材料とつながり、さらには仕事や普段の生活をより良くしていくための大きなエネルギーとなる「パッション」につながっていくかもしれません。